喪失したもの

 正月は家族が揃うのが当然の我が家だった。朝風呂に入り、少し照れながら「明けましておめでとうございます」と食卓につく。「えー、飲みたくないよ」と言うも拒否することは許されない御屠蘇を父から注いでもらい、年頭の挨拶。お節料理を食べながら正月番組を見る。母は料理は決して得意ではないからお店で買ってきたものが多いのだが、それでも普段とは違う大きな絵皿に並べられた料理は美味しいと思った。小腹がすいたらストーブで餅やスルメを焼いて食べる。これ以上延ばせないくらい緩慢なのだけれどもどことなく華やかな時間が流れていく。兄弟喧嘩しようものなら(たいてい喧嘩するんだけど)父親の鉄拳が飛んでくる。正月が一年を決めるんだと。「正月に喧嘩したら一年中喧嘩することになる。」と言われたってさあ。正月から喧嘩に負けて泣いている私は一年中泣き暮らすことになるんだよ。


 今年は初めて家族が揃わなかった。父が亡くなってからも残った家族で顔を会わせて前よりは少し質素になったお節を食べてささやかな一年の始まりを迎えていたのに、まず弟が帰ってこなかった。母も妹も一日から仕事があった。正月料理なんてあるわけもなく八時前には家は空っぽ。残されたのは私と二匹の猫。あーあ、帰ってこなきゃよかった。第一、帰ってくるといったってここは私の生まれ育った家ではないし毎回気がのらないのになんでこんな仕打ちを受けるんだ。結局私はぽつんと一人布団の上。毛布にくるまり膝にパソコンを抱え、窓から空を眺め、猫の毛を梳いてやり、気が向くままに丸まって眠った。夜に「誰もいないし明日帰るから。」と告げると「どうしてお母さんをいらいらさせることを言うの。」と返された。そんな風に言われたら動けない。日は昇り沈むを繰り返す、ただただそれを見やる三日間。母の言葉を振り切ることのできた四日の朝、遅い日付の切符をキャンセルして鈍行列車で東京へ戻った。